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 第13回:空を翔ける大きな目玉

 エッセイを書くのは実に10ヶ月ぶりである。実は書きたくはあったのだが、単にネタが尽きていただけである(^^;)んで、正月である。正月らしいネタは…という事で復活第1弾は「凧」の話である。

 私は凧上げの異常に好きな少年であった。というか、ある凧にであってから属性が「好き」に移行した、という方が正しいかもしれない。その凧とは、あまりにも有名な洋凧、「ゲイラカイト」である。あの、独特の3角形に大きな目玉の描いてあるバージョンは誰しも1度は見た事があるであろう。確か小学校2〜3年生の時であった。TVCMでこれを知った私は完全に心を奪われてしまった。そしてお年玉を握り締めて近所のおもちゃ屋へ走ったのであるが、田舎なのか、類似品しかおいてなかった。しかし、私のゲイラカイト欲はここで本物の入荷を待つほど大人ではなかった。数十分後には自宅前の田んぼで偽ゲイラカイトをもって走る私の姿があった。「ほおぉ、これがヒューストンからやってきた奴か…」と凧に語りかける私。しかしそいつは偽者なので多分日本の何処かの中小企業からやってきたものであろう(^^;)。
 偽者、といっても形状はほぼ同じであり、とても良くあがったのを覚えている。50Mくらいあった凧糸は全て空へとのびていた。しかし、これだけ高く上がり、かつ、凧糸も風の影響を受けるとあって、凧糸は何度も私の手から離れた事があり、そのうちの7割くらいは二度と私の手に戻る事はなかった。その中にはちょっと意地悪な上級生が「釣り糸」で凧上げして、その糸を絡ませて切られてしまったものもある。「7割くらい」と書いたが、つまり、なくしても、また買ってくるのである。全部で10以上買ったと思う。小4の時に凧上げ出来る広い場所のない現住所に引っ越してきたが、めげる私ではなかった。近くにマンションがあるのだが、その屋上から揚げていたのである。実はこれが大ヒット。電線など危険なものもない上に、はじめから上昇気流があり、走らずとも(走るスペースはないが^^;)勝手にあがってくれるのである。私以外の子供たちも一緒に揚げていた。小5頃にはゲイラカイト専用のスポーツリールなるものも登場。速攻で購入した。これなら糸を巻く苦労が全然違う!ますます凧上げ熱は高まるのであった。
 小学校の図工の時間に「凧」を作って揚げる事があった。ゲイラフリークと化していた私は当然ながらゲイラカイトを模倣し、実物の1/3くらいのモデルを作ってみたのである。障子紙と竹ひごで(^^;)。そしてクラス全員で校庭に揚げに出たら!なんと私のゲイラモドキが一番高く上がったのであった。私の技術ではなく、あの形が素晴らしいのであるが(^^;)。
 というわけで、小学校の半分以上をゲイラカイトに費やした私であるが(冬場だけだけど^^;)、中学校にあがるとともに凧上げをしなくなっていった。別に友人と一緒に凧上げしてたわけでもないんで理由は分からないが。マイブームが過ぎた、ただそれだけなのかもしれない。しかし、私以外の人も、あまり凧上げしてるのを見かけなくなっていったのも事実。もしかしたら大きなブームに私が動かされていただけなのかもしれない。でも、ただ、凧をあげ、真っ青な空の中に米粒のように小さく見えるそれを引っ張っているだけのあの時間は確かに有意義だった事は間違いない。今思い出してもそう思うのだから。

 

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